5 /5 中山家範: 貞観2(860)年に慈覚大師が、御神託によって須佐之男命を郷土守護神として勧請創祀したと伝えられる本所の総鎮守。
関東大震災で焼失する前は墨堤常夜燈の東側にあった。
昭和7(1932)年に隅田堤の拡張により、現在の場所に再建された。
本殿の左右に、牛神が奉納されている他、 建長3(1251)年には牛鬼が社中を走り回り、落として行った牛玉を神宝としたという伝承も残る。
また境内には、江戸中期から後期の国学者・加藤千浪の碑や江戸落語を中興したといわれる立川(烏亭)焉馬(1743~ 1882)の「いえかすは沈まし物と 物と夕立のあとよりはる思念の虹」の狂歌碑などがある。
5年に一度の例大祭は、牛が引く以報を中心に古式ゆかしい祭列が、 向島から両国に広がる氏子の町内を2日かけて巡り、 本所2丁目の若宮公園内にある御旅所で1泊する。
返礼の町神輿の宮入れは50基が連なる都内最大の連合渡御となる。
【現地案内板より抜粋】
以前から、高速眼下に見掛けておりましたが、今回初参拝。
隣の公園と合わせて、親子連れが多かった印象です。
御朱印待ち時間に境内散策させて頂きましたが、わざわざ手元までお届け頂き、非常に気持ちの良い参拝ができました。