5 /5 N M: 日本の律令制において各国中心地に国衙など重要な施設を集めた都市域を国府、その中心となる政務機関の役所群を国衙、さらにその中枢で国司が儀式や政治を行う施設を国庁(政庁)と呼びました。こちらは、国衙で国司が地方政務を執った役所が置かれていた区画です。
国庁・郡庁は全国的に見ても、遺跡の判明しているものはきわめて少ないです。その理由としては、廃絶後長年月が過ぎていて遺跡が忘れ去られていることが多いことや、大部分が掘立柱建物なので地表に遺構をとどめることがないことなどがあげられます。1970年以降1400ヶ所に及ぶ調査が続けられ、大國魂神社を中心に南北300メートル東西200メートルが国衙であり、そのうち北寄りの100メートル四方が国衙と考えられています。国衙の西半分は大國魂神社境内に相当し、東半分は宅地化され、住宅が建ち並んでいます。こちらは、大國魂神社結婚式場の鳥居を出て徒歩数分のところにあります。鏡の建物は当時の建物の大きさのまま再現された博物館となっています。中に柱や再現図などがありました。
国衙地区(大國魂神社境内)国司館地区(国司館跡、(徳川家康の府中御殿跡)が国の史跡に指定されています。