山田万歳 さいたま市域唯一の国指定特別天然記念物。
国指定の天然記念物は約1030件あるが,特別天然記念物に指定されているものは75件しかない。さらに植物に限定すれば30件のみ(この中には,阿寒湖のマリモ,屋久島スギ原始林,日光杉並木街道などがある。当地田島ヶ原サクラソウ自生地もこれらと肩を並べている。)。
古く,サクラソウは,荒川および入間川全域に広く生息していたという。江戸時代になると,サクラソウの鑑賞が盛んになり,当地にもサクラソウの見物客がやって来たそうである。
しかし,明治以降の治水事業・都市開発,また,サクラソウの掘り取り(品種改良されたサクラソウは高値で取引されたため。)などによって,生態系が著しく破壊され,その個体数が急速に減少し始める。
これを重く見た地元立合村の深井貞亮氏は,サクラソウの保存を強く訴え始めた。その甲斐あって,大正五年,植物学者 三好学らがこれに呼応し,現地調査を行って,その学術的重要性を認める。
なお,三好は明治末期から天然記念物保存制度の創設を訴えていたため,この様な消滅の危機に瀕した植物に強い興味を持っていた。
そして時代が下り,大正九年七月。新たに創設された天然記念物保存制度により,サクラソウが天然記念物の第1号に指定されるに至る。
その後も河畔の治水事業および周辺の都市開発は進み続け,戦後には荒川流域の湿地帯はほぼ完全に失われ,流域のサクラソウは野生絶滅した(例えば,浮間ヶ原や錦乃原のサクラソウ)。
しかし唯一,大正時代にセーフティゾーンとなっていた当地でのみ,サクラソウが自生を続けており,国は,その重要性を鑑み,昭和二十七年三月,これを国の特別天然記念物に格上げした。
以上の歴史的経緯より,「田島ヶ原サクラソウ自生地」の実態はかなり危ういことが分かる。
つまり,この場所で自生は出来ても,少しでも外に出れば自生ができないのである。サクラソウから見れば,当地はオアシスであり,外界は三日と生きられない砂漠の様なものなのだろう。
また人間管理がなければ,直ぐに消滅してしまうに違いない。湿地帯への侵入が厳正に禁止されているのもこのためと思われる。
なお,当地にはトダスゲの自生も確認できる。トダスゲは絶滅危惧ⅠA類指定,つまり絶滅寸前であり,"環境的"価値から考えれば,こちらの方が希少性が高い(その点,サクラソウは全国的に見れば,準絶滅危惧種であり,トダスゲほどの絶滅の危機にさらされていない。しかし"学術的""文化的"価値はこちらの方が遥かに高いという認識なのだろう。)。
歴史的には,「大正時代以前の荒川流域の様相がそのまま冷凍保存されている」と考えることもできる。その意味での環境史料として見れば,それなりに面白い。
また当地のサクラソウは,江戸時代の旗本,明治期の愛好家らによって採取・品種改良され,高値で売買されてきた歴史がある。つまり,サクラソウは人間文化との関わりが深い植物であり,当地もそういった文化史的文脈から論ずることも可能だろう。
当然,日本の天然記念物制度の沿革を語る上でも,重要な立ち位置にあるのは間違いない。
また周辺には,明治以降の荒川流域の治水事業によって遷座を余儀なくされた神社等(例えば,美女木八幡社境内にある氷川神社。)が多数存在するので,それも合わせてみれば感慨深いものがある。
自生地を観察した感想としては,「サクラソウ自体は,様々な植物に埋もれる様にして生えており,花畑という感じではないな。むしろ全く生えていない面積の方が遥かに多く,ここは大丈夫なのか」という印象を受けた。
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