4 /5 鑫#イ言θ月(覚満): 通船堀とは見沼代用水と芝川を繋ぐ運河である。現行田市の利根大堰を起点とする見沼代用水は江戸に通じておらず、故に船を江戸に送るためには隅田川へと流れ込む芝川と接続させる必要があった。そのために開削されることとなった。見沼代用水は伊奈町にて東縁と西縁の2つに分流する。この分岐した場所は幕府の治水事業に深く関わった代官頭伊奈氏の陣屋近くでもある。東縁は七里から通船堀の位置まで真っ直ぐ南下。一方、西縁は東大宮から氷川神社・氷川女体神社近くまで西進したのち通船堀の場所へと至る。この両流に挟まれた場所が現在見沼田んぼと呼ばれるエリアとほぼ同じでありそこを流れているのが芝川である。通船堀はこの芝川・東縁・西縁の3流が最接近する元八丁堤のあった場所に作られたのである。さて、このぴったり1kmにおよぶ通船堀をどこで見るのがよいか。それは八丁橋から二ノ関橋にかけての区間ということになる。この区間だけは既に木組みが復元されていて実に写真映えする場所となっている。



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