5 /5 貧乏旅行: 訪問日:2024/01/30
13時頃、城址公園到着。第1駐車場付近から見えたのは、平均年齢70前後と思われる人間が作る謎の行列。10分くらい後になって、その行列が白い建物に吸引されていく。その建物の名は「市民会館いわつき」何かの講演だろう。行列への注視を止めると、私のいた駐車場が平日昼間にも関わらず満車に近いことに遅れて気づく。一応市民会館近くまで覗いてみた。「防犯のつどい」を開催中だそうだ。有名人の有無については探知不能。切り返して公園の散策に戻る。
まず私を迎えたのは岩槻城址の説明看板であった。解説する文字の上を私の目が漂う。記念に写真を1枚取る。詳細は帰ってから読もう。
(後日談)…というわけで、説明を読んだ。私の主観交じりで学んだことを要約しておく。
岩槻城は15世紀中頃、時代にすると室町時代末に築かれた。有名大名も多くそこに住み着いた。小田原北条氏もそのうちの1人であるという。しかし、同じ小田原北条氏の支配下にあって小田原城とは観光集客の面においては遠い存在にある。その理由は言うまでもなく、本丸、二の丸など城の中心部が跡形もなく解体されたからである。現在城址公園として遺されているのは、本丸の南側に位置する新曲輪(しんぐるわ)というエリア。小田原北条氏が豊臣政権との対決に備えた防備の拠点だそうだ。(後日談終わり)
園内に入場。赤い橋は私の進路を幾度も90度曲げさせる。その数、7〜8回。その橋がかかる 池にカモの群れが1つか2つ。戦の痕跡なく、流れるのは水と静寂な空気のみ。
バードウォッチングをしている人の横を通過。その人がレンズ越しに見ているものを、私も追う。池から1本だけ伸びる小枝の上に1羽の小鳥。青みを帯びているが、名称は不明。その後餌を見つけたのか、池の水面へと消えていった。
「岩槻区の花 やまぶき」そう書かれているが現在は細い枝が何本も生えるのみの、ヤマブキのある道を進む。
次に、漢数字で書かれた時計台を発見。時計台の下には 人形も。ここは人形の町だと言われていることを小耳にはさんだが、由来は不明だ。
噴水があるエリアまでやってきた。オブジェ発見。「トーテムポール」というらしい。顔が3体あり、上段はサンダーバードという伝説の鳥、中段は海の王者シャチ、下段は精神・富が豊かな人。赤杉を彫って作ったものらしい。証明写真のような真顔で3体は公園を見つめる。
岩槻文化公園を一通り歩き終え、もう一度城址公園へ。
特急ロマンスカーと肝心の城跡を見ることを忘れていた。ロマンスカーは東武鉄道の古い特急車両。ライト周りが四角く突き出た、過去にも未来にもない 独自のファッション。外から見る。
ついでに同じく見逃した城の門も見る。黒門、そして裏門。静かな佇まいだ。