5 /5 本莊蔦や: 《宇喜多秀家公を思い出す》
約1年ぶりになりますが、梅の咲く時期に訪れました。
最近では小田原駅から最短のコースを通って、お城まで行くようになりました。
『おだわら市民交流センター UMECO』の前をお城通りを歩いて裏手から入ります。ここから入ると右側には子ども遊園地が有ってミニ機関車に乗ることも出来ますよ。
この城へ行くと八丈島で生涯を閉じた宇喜多秀家公を思い浮かべます。
小田原城は「難攻不落の城」として知られ、武田信玄や上杉謙信の攻撃にも耐えた堅城でした。北条氏は小田原城とその城下町を全て囲い込む「惣構」と呼ばれる大規模な防御施設を築いていました。
宇喜多秀家は、1590年(天正18年)に行われた小田原の役(小田原征伐)において、豊臣方の大名として参戦し、小田原城攻めに加わりました。
宇喜多勢は水軍1,000人を含む9,000人の兵力でした。豊臣勢は総勢21万~22万ともいわれる大軍で、北条軍の8万人あまりに対し圧倒的に優勢でした。
今回、お城を見て思ったことは、城へ登るには左側面の狭い通路を斜めに登るしかなく、攻め入る敵を食い止めるには狙いやすいと感じました。