5 /5 シンディパンダー: 令和七年十二月十三日の午前中、毎年一年に一度きりの、煤払いに伴う御本尊開帳に合わせて参拝しました。拝観受付などを手伝われている檀家さんの協力の元、午後から煤払いもされるのかなといった雰囲気でした。
拝観開始前の9時前に到着したのですが、先客はほとんどいませんでした。拝観開始に合わせて読経が始まり、厳かな中での拝観です。とは言えその最中に檀家さんが厨子の前まで近づいての拝観を促してくれたので、近くからゆっくり拝ませていただくことができました。ありがたいですね。
御本尊の薬師如来坐像は、螺髪が清凉寺式釈迦如来と同じ形状をしていました。薬師如来では初見です。脇侍の日光月光菩薩立像が可愛らしいお顔立ちでした。どちらも開山とされている行基菩薩作(安土桃山時代作と伝わる行基菩薩坐像も薬師堂内に安置されていました)とお寺さんでは伝承されているようですが、実際は鎌倉中期以降の作なのでしょう。鎌倉周辺は、清凉寺式釈迦如来を御本尊とされていることが多い、真言律宗も盛んな土地柄ですから、同じころの仏師作だったりするのかなぁなんて想像するのもまた楽しいですね。
この日は薬師堂の下にある、客殿も拝観できるのですが、そこに大変素晴らしい鎌倉後期作の十一面観音菩薩坐像(坐像はかなり珍しい)が安置されていました。なんでも明治期のおそらく神仏分離令時に鎌倉の荏柄天神社から移されてきたそうです。ごく最近逗子市の文化財に指定されたそうですが、個人的にはなんで重要文化財じゃないんだろうと不思議に思うほどでした。お顔が大変凛々しいです。公開時に参拝できて本当に良かったです。仏像好きは必見ですね。
荏柄天神社は、現在東京九段の靖国神社にある出刃包丁どころでない大変素晴らしい短刀を、元所持していたり、江戸時代までは結構なお宝があったようですね。財政難で手放してしまったんでしょうか。
客殿に向かう途中は切通しになっており、珍しい植物も生えているそうです。梅雨時には鎌倉東慶寺でよく見かける、岩煙草が花を咲かせるそうですが、見た所煤払いの日以外は近づけなくしているような感じでした。
客殿を拝観後、再度薬師堂まで上がると、山登りも兼ねた団体さんで賑わっていました。