お猿畠の大切岸 - kanagawa
neo1992 切岸は敵の侵入を防ぐため、山の斜面を人工的に垂直に削って造らた急斜面の断崖のこと。
ここは鎌倉市と逗子市の境界で、2002年に逗子市教育委員会が発掘調査を行い、石切場の跡であるとしました。
一方、鎌倉市は引き続き防御施設の切岸と評価していて見解が割れているようです。
多くの人は防御施設のほうが歴史ロマンを感じるのではないですかね。
以下は逗子市教育委員会が設置した説明文です。
『 お猿畠の大切岸は、長さ800m以上にわたって高さ3~10mの断崖が尾根に沿って連続する壮大な遺構です。従来、鎌倉幕府が三浦一族の攻撃に備えて鎌倉の守りを固めるため、切通の整備とあわせて築いた防衛遺構だと言われてきましたが、平成14年度の発掘調査で、大規模な石切作業の跡だということが確認されました。鎌倉では14~15世紀頃の建物基礎などの切石を大量に使用しており、ここはその頃の石材生産地だったと考えられます。なお、お猿畠という地名は、鎌倉を追われた日蓮がこの付近で三匹の白猿に助けられたという伝承に因むものです。』




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